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My favorite things





彼等は決して裕福層ではなかった。
だが特別、貧困層でもなかった。僕から見れば、きっと恵まれてもいなかったんじゃないかと思う。希望を捨てなかった、と書いてしまえば簡単に伝わるし、きっと今思うと、彼等には余りにも安い言葉に聞こえて、そう書いた人間に対しても怒りすら覚えるし、炎を見たいと言った子供に、市販のロウソクに灯をともし、それを炎と伝える様な大人に見えてしまう。だから僕はそんな言葉は言えない。


彼等は黒人であり、内白人もいた。黄色人はきっとそこにはいなかった。当時高級品である、チョコレートを食べ、ウィスキーを飲み、チョコを吸ったりもしただろう。上等なスーツか、安物のスーツかは解らない。その空間はむせ返る熱気の様な、指輪のケースに、喜怒哀楽をむりやり詰め込んだ様な空間だった。何気ない世界中の日常風景ではあるが、彼等はスマートだった。もちろん、ウェットな面もあるのだろうが、当時の僕はその点に対しては興味が無かったのだろう。


右手に楽器を持ち、左手には書物を持ち、他人に振る舞っていた。指の皮は自分の感情を遮る様に厚かったが、触れると上質なシルクの触り心地だった。僕には恋愛の1シーンを彷彿とさせた。縺れた糸を少しずつ、少しずつ解す様な.....そういう感覚に近いのかも知れない。
彼等の奏でる音。ピアノが男女の輪郭をなぞり、打楽器が鼓動を小刻みに刻む。弦楽器が血流の流れをスムーズに。サキソフォンが感情を落とし込む。それらは僕にとっては魂。

彼等の見る景色は良いものを追求しようという気概を感じさせるが、同時に1本の縄を安全具も無しに綱渡りをするくらいの危うさを感じた。それでも彼等は止めず、綱渡りを続けた。

眼は充血し、譜面には血が滲み、神経がナイフの様で、近づくものを切り付ける様な、苦悩が顔を覗かせていた。それでもステージではそういった素振りは全く見せず、音にも伝わらなかった。僕はその事情を知ってはいたが、彼等の姿勢を拒む様な、否定をしてしまう様で止められなかった。それ以上に観客は熱狂していたし、音に酔いしれ、涙を流したりもした。言葉を幾十にも重ねる事は無く、それは音楽だった。僕も魅了されていた。彼等の演奏は人生やステージといったスケールにも捕われる事は無く、ただ広い世界を覆っていた。その先の世界は終わりを表しただろうし、始まりだったのかも知れない。


彼等はステージを去っても休む事は無かった。1人の男性が君達は十分練習もしたし、休暇も取るべきだと言った。彼等はーーありがとう。だけどわたしはあなたじゃない。ーーと、さも当たり前の様に返した。ステージには沢山の祝福があり、人々の記憶が届けられた。それに応える様にグルーヴを奏でた。
一拍、一小節の空間を断絶する様に、傷跡を残さぬ様に刻んだ。そのステップは時には眼に見えるもの、また時には眼に見えず、空間を通して伝えられた。僕はその至上の愛を受け止めた。それは揺るぎない自信、信頼でありたいと思っていた。彼等は哲学や思想、思考等を顕在化し、断片として投げていたのかも知れない。彼等は追求して、高みに昇り、常人よりも遠くへ進んでしまったのかも知れない。だけども。


これだけはいつの時代も言えた事で。彼等は泥にまみれて。シルクオブサウンドという言葉にはほど遠く。街角で演奏する様に、普遍的で、冷静で、情熱的だった。彼等を褒め讃え、祭り上げたのは彼等ではなく、僕たちだ。
僕たちが無意識に進んだ。彼等は彼等は限られた時間で真剣に向き合って、
決して満足な環境や状況ではない中生きてきた。帰るべき場所に帰ってきたとも思う。
それは回帰。ただ、彼等は語らなかったし、伝える必要も無かったのだろう。
わざわざそこに存在しているものを誇示する必要は無いのだろう。


僕はその姿勢を、涙や、感動。または怒り、哀愁、自分達のその時の心情を乗せて見続けた。ここに書く事でも無いのかも知れない。ただ僕は流行り廃り等で捨てられる事に対しての嘆きかも知れない。余計なお世話だとも思っている。好きな人は好きだし、それは不変であるからだ。きっと僕自身、消費者としての立場に嫌悪感を示したり、生産したいという意思もあるのだろう。僕は僕について、まだ何も深く知りつくしていない。


幾つになっても、幾年を重ねても僕はその熱から醒めそうにも無い。




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新年明けましておめでとうございます。


今年も変わらず言葉を書き続けたいと思います。
今回掲載した言葉は、タイトル通り、John Coltraneの曲にインスパイアされて執筆しました。

近年、お洒落な音楽として、Jazzはよく聞かれるジャンルですが、Jazzを流行り廃りで聞く姿勢や
消費音楽に対しての疑問を書いてみました。

決してその姿勢を批判する訳ではなく、必ずその世界の背景に生活があり、思想があり、信念がある。
掘り下げているうちに自分での取り留めのない文章になりましたが。
なので、ここに書いている言葉はただの言葉とも言えます。

ただ何となく、漠然とそう思っています。
もちろん、音楽を楽しむ事も大事だとも思っていますし、それについても批判などは無いので。

はっきりと言える事は、好きな事はなんであれ、いつの時代も好きで。
自我の形成となっている事なのかも知れません。



John Coltrane


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テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

Tag:小説、短編  Trackback:0 comment:0 

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